五岳と向き合う屋敷で、うどんの気品。
しんちゃんうどん
岩下治義
一面の田のなかに、風格ある屋敷が建っている。遠くから眺めるひとはうどん店と気づかないだろう。端然としたようすは、まさに武家屋敷である。
店主の岩下治義さんが妻と長男と三人で始めたのは二〇一〇年。
ずっと事務系の仕事をつづけ、多くの実績を重ねてきたサラリーマン時代だった。したがって、まったく新しい人生第二章だ。動機ということでいえば、「家族の結束」に尽きる。
「一人でも欠けたらやめるよ、とつねづね言っています」
調理を一手に引き受けるのは、修業を積んできた長男だ。店名の「しんちゃん」とは彼のことである。
味に詳しく、勉強もしてきた妻がうどんのつゆをチェックする。
で、ご主人は?「わたしは運び屋です」。卓にうどんを運ぶ、いうならばホールスタッフ。家族の分担のバランスがとてもいい。
店はそもそも妻の生家の居間だ。つい寛いでしまうのはそのせいだろう。大きなガラス戸越しには五岳が迫る。部屋に目を移せば、美術品があふれている。
ひときわ目を引くのは数多くの能面だ。五十代のときから師について習ってきた店主が、自ら打った作品群が厳かに華やかに並んでいる。
文化の香りをたっぷり漂わせつつ「安くておいしくて量がある」という人気は、震災後もまったく変わらない。